ペトロ三木のブログ『今週の「バカは死ね」/「テレビにゃ出ない系」ミュージシャン』
あまりTV見ないし、このCMも見たこと無いんだが、書いてあることからするに、見たら鼻につくだろう。
音楽・芸術的追求と経済的成功や名声の追求の間の葛藤は(ポップスターから現代美術作家まで含めて)現代に生きる表現者なら(いくつかの極めて幸運な例外を除いて)避けて通ることができないし、死ぬまで悩み抜くべく課せられたアポリアみたいなものである。この2つの「追求」はいつも相矛盾するというものでは無くて方向的に一致する場合も多い。そのことがまた問題を複雑にしている。
しかるに、この問題に対して安直で直裁的な回答が流布される場には「バカ」and/or「不誠実」がつきものである(・・・前述の「極めて幸運な例外」はそもそもこの問題を考える必要も言及する必要も無い)。このCMの場合は「バカ」な消費者に向けて「不誠実」なアーティスト・広告代理店・広告主が発したCMメッセージといったところだろう。あるいは「バカ」な消費者に向けて「不誠実」な広告代理店・広告主が「バカ」なアーティストを使って発したCMメッセージなのかもしれない。あらかじめ「バカ」と想定されていることに気付いた消費者はむかつくべきだろう。
この「不誠実」の内容なのだが、これは未だ一般大衆の間に深く根付いている「近代芸術教」的刷込み(**)に訴えかけようとする企みである。「近代芸術教」においては一方で純粋な音楽・芸術を神聖なものとし、富や名声の追求を俗悪なものとして対置する。素晴らしい作品を残しながら貧困の内に死んだモーツァルトとかゴッホとかは「近代芸術教」における聖人/殉教者である(*)。「リーバイスをはいた降谷健志を聖人(=偉い、カッコいい、cool)に擬してリーバイスを買ってもらおう」というのがこのCMのしくみである(見てないんだがね^^)。モーツァルトやゴッホから降谷健志というのはとてつも無い飛躍に感じられるが、そういうことなのだ。
それにしてもペトロ三木氏の指摘している「FAMOUS」の件はあまりにもベタ、というかベタすぎて何かメタなウラがあるんじゃないかとふと考えてしまう。
*) 誤解の無いように付け加えると、この「近代芸術教」的対立構図を否定することが賢明な態度という訳では無い。そうではなくてこの二項対立を一旦カッコに入れて少し離れた所から眺めてみることが肝要である。
実は広告代理店は「不誠実」では無いという見方もできる。広告代理店の契約相手は広告主であり、商品の売れる広告を作る限り、それは「誠実」で「有能」な広告代理店であるかもしれない。
**) 例発見 => http://www.hatena.ne.jp/1115646852