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2006年9月 4日

台北の青蛙

超久々のエントリー。

先日、3泊4日で台北に行ってきた。1日目の到着は夜で4日目の出発の便は午前中だったので早朝の出発。なので実質的には中2日だけという短い旅行だったのだが、台湾は初めてだったので面白かった。

中華圏で字体が繁体なので、駅の表示などが普通に読めるし、お店やホテルの人はカタコト・レベルまで含めるとかなりの割合で日本語を話すので、外国なのになにやら不思議な感じがした。

台北といえば屋台などの夜店が楽しみのひとつなので見て歩いていると、そこここで「青蛙」と書かれた看板が目についた。アイスコーヒーのロングのカップみたいなのにブッといストローを差し込んだものが並べてある。ま、まさかカップの中に青ガエルをゆでたやつかなにかが入ってて、タピオカよろしくストローでポコン、ポコンと吸うんだろうか(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

結局怖くて手を出せなかったのだが、東京に帰ってから検索したら、こういうのが出てきた↓

これが行列のできる屋台だ!

なーんだ、タロイモから作ったものなのかw

2006年5月 9日

東京に帰還


写真はヨーロッパに向かう途中、飛行機の窓越しに撮ったシベリア。一見文明の痕跡も見当たらないし、地球と思えない。

2006年5月 8日

オランダにて その3

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(写真はアムステルダム中央駅)

アムステルダムではThe Gresham Menphisというホテルに泊まっている。箱としてはなかなか良いホテルなのだが、2つばかり問題があった。どういうわけかエアコン(三菱重工製)が全然効かないのと、バスルーム備え付けのヘア・ドライヤーのホースがノズルから取れてしまったことだ。昨日、フロントに電話して苦情を伝えたら、ポーターのおじさんがやって来て、エアコンは適当に操作盤をいじって、ヘア・ドライヤーのホースはこれまた適当にノズルに差込んで帰って行った。しかし、エアコンはやはりただ風が出てくるだけで一向に冷えてこないし、ヘア・ドライヤーのホースも危なっかしい感じだ。

で、今朝シャワー後にヘア・ドライヤーを使っていたら、ホースがノズルからポロっと抜けて、洗面台の上に置いてあったグラスを床に叩き落としてしまった。バスルームの床はガラスの破片が散乱する状態になった。効かないエアコンのせいでいい加減イラついてたおれはとうとうブチ切れて、フロントに電話して「おまいらやる気あんのか、ゴルァ!!」とがなり立てた。それで結局部屋を替えてもらうことになった。

その後、出かけて、夕方一度ホテルに戻ってきたときに、有線LANでネットに繋ごうとしたら繋がらない。ネット接続は有料で24時間20ユーロもする。それを今朝買ったばかりなのに。しかも出かける前に、ネット接続を新しい部屋のほうで有効にしといてね、と念を押しておいたのだが。で、またフロントに電話したら、システムを提供しているquadrigaという会社に電話してくれという。quadrigaの人と話をした結果、部屋のネットワークが有効になってないということがわかった。quadrigaの担当者がホテルのフロントの人と電話で話してくれて、結局別系統の無線LANのキーをもらってそれで繋ぐことになった。

以上のような経緯で、ホテルの設備関係でおもいっきり疲れる一日だった。

昼間はアンティーク市とヴァン・ゴッホ美術館(感動します。泣けます)に行った。

夜はPasta e Bastaという名前の、店員が順番に歌うという、面白いレストランに行った。実は店員は皆プロのミュージシャンで、レストランで働いているということだった。ウェイトレスの一人(実はオペラ歌手の卵で、後にSweeter than Rosesという曲をマイクなしで歌ってた)に、トイレの場所を尋ねたついでに、「君、ウィノナ・ライダーに似てるね」といったら、「あら、お上手ですこと^^そういうあなたもジョニー・デップに・・・」いや、嘘です(笑

明日はスキポール空港から飛行機に乗って東京に帰る予定。

2006年5月 6日

オランダにて その2

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アムステルダム→ゴッホの森(正式名Hoge Veluwe国立公園)→ライデン→キューケンホフと周ってアムステルダムに帰還。Rijksmuseumは今工事中で金曜日のみ開いてるので、今日見てきた。レンブラントの『夜警』見た・・・けど実はあまり良さがわからなかったりする。西洋絵画って15~16世紀にダビンチとかボッティチェリで盛り上がって、その後は19世紀後半ゴッホとか出てくるまで低迷期でこれといって見るべきものがない、てのがおれの持論だったりするんだが。Hoge Veluwe国立公園内にあるKroeller-Mueller美術館のコレクションはため息が出たな。

そういえば昨日、ライデンで夜8時ちょっと前にカフェのテーブルについたら、ウェイトレスが「今日は終戦記念日で8時から黙祷の時間だからよろしく」と。で8時になったら本当に賑やかだったカフェが5分間ほどし~んと静まり返った。

2006年5月 4日

オランダにて

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かなり唐突にオランダに飛んできました。
でっかい画像をアップしようとしたら、サムネイル作成でヘクるのはどうしたことだ?Perlの構成いじったっけな?とりあえずここからでは処置なし;;

アムステルダムの御当地ブランドMEXXでジーンズとシャツを買った。お直し要らずでフィットしてしまうおれはちょっとカッコいいと思う。

2006年1月 2日

ペルピニャンに到着

AF277便で早朝5時前にシャルル・ド・ゴール空港に到着。荷物をピックアップしてエール・フランス運行の空港バスの待合室に向かう。しばらく時間を潰して、6時の始発に乗り、オルリー空港へ。ここで今度は国内便AF7522に乗ってペルピニャンに飛ぶ。ペルピニャンに到着したのは10時ちょっと前だった。

ペルピニャンは地中海とスペイン国境に面したラングドック・ルシヨン地方の都市だ。

空港で、予約しておいたプジョー206を借り、今回のメインの宿泊先である友人宅に向かう。この友人はフランス人なのだが、普段は東京で仕事をしていて、夏や冬の休みはペルピニャンの家で過ごす。東京の家は何度も行った事があるが、ペルピニャンの家を訪れるのは今回が初めてである。住所を頼りに近所まで行き、携帯電話をかけて誘導してもらった。着いてみると驚きの大邸宅(◎□◎;)門扉はリモコン開閉だし。

この地方はフレンチ・カタロニアとも呼ばれていて、こういったスペイン風の住宅が多い。しかし、彼の家は日本趣味を取り入れて内装をリノベーションしてある。一番日本趣味が顕著なのが、裏庭に建てられたスパ。

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なんと竹組みの柵(*⌒▽⌒)

この日の残りはペルピニャン市内をちょっと見物したり、近所のショッピング・センターで買い物したりして過ごした。

2005年11月23日

ソウルに行ってきた

恒例の大学の同窓会旅行で今年はソウルに行った。おれにとっては初めての韓国旅行。

18日金曜日の夜、関東からの参加者たちと共に、アシアナ航空で成田からインチョンへ飛び、タクシーでソウル市内のホテルCOATELに到着。時間はすでに19日午前1時半頃だった。関空から飛んで先に到着していた関西組と合流し、コンビニで買った飲み物やスナックでちょこっと宴会した後、就寝。

19日土曜日朝からソウル市内の史跡を観光したり、繁華街を散策。日本やハリウッド映画関係のオモチャ、フィギュア等を集めたミニ博物館がおもしろかった。

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↑不二子ちゃんとか、

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↑ターミネーターとか、

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↑松本零士ものとか、

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↑これは何?(笑

昼飯に石焼ビビンバを食べ、アカスリへ行き、その後ロッテ・ワールド・ホテルへ。タイミング良く出張でソウルに来ていた、もと在日朝鮮人で、日本で大学卒業後米国の大学院へ留学し、今は米国パスポート所持でボストン在住の同窓生とロビーで待合わせた後、彼の仕事上のパートナーの韓国人も交えて、ロッテ・ワールド近くの海鮮料理屋で晩飯を食べた。途中貝の切り身の刺身のようなものが出てきた。箸でつつくとモニョモニョと動く。件の韓国人によると、ケブルという名前で、日本では食べないだろうとの事だった。帰国後、今回の旅行に参加してた釣り好きの同窓生が調べたところ、正体が判明。うひゃ、これ食ったのか(@Д@;)

19日の夜はさらに一軒ハシゴした後、皆でホテルに帰還した。TVで放送されてた『冷静と情熱の間』を観ながら、しばらくだべった後、就寝。高麗人参入りの醸造酒と焼酎のカクテルをしたたか飲んでよっぱらい、記憶が若干もやけてるんだが(´Д`;)

20日日曜日は南大門と新世界デパートで買い物した。

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↑結構有名らしい「ノリのり天国」

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↑謎の日本語が書かれた看板。

昼飯にはサムギョッサル(豚キムチ)を食べる。美味しかったのだが、もはや飲み食い疲れ。その後、関西組は一足早くインチョン空港へと帰路についた。残った東京組とボストンから出張中の同窓生で梨花女子大近辺の学生街を散策した後、東京組もインチョンへ。

全然予習をしていなかったので、ただ皆について行く旅だったけど、面白かった。ソウルは近くて手軽なのでいずれまた訪れてみたいと思う。