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2006年01月29日

逗子でクロスカントリーを堪能

前夜にタイヤをオフロード用ブロック・タイヤに交換したKlein Attitudeをクルマのラゲッジ・コンパートメントに積込み、朝、逗子に向け走った。keiさんとの待合わせ場所の逗子市第一運動公園の駐車場に10時半頃到着(遅刻でした・・・)。今日はkeiさんのガイドで逗子の山道を走るのだ。

keiさんはすでに到着していて、バイクや各種工具をクルマから降ろし、セッティングに余念が無い・・・と思いきや、「いや~、あまりにクルマが汚いので掃除してました( ∩_∩ )ゞ」

おれもバイクをクルマから降ろし、プロテクターとヘルメットを着けて、keiさんといっしょに駐車場を後にした。しばらく市街地を走って、いよいよ山道に。アップダウンの連続するシングル・トラックを走っていく。

山道で登りというのは今回が初めてだったのだが、下り同様、荷重コントロールが重要な事がわかった。後輪にしっかり荷重をかけていないと、スコンと空転してしまう。こうなると、トラクションを失ったバイクは止まってしまい、足をつくことになる。坂の途中で一旦バイクが止まってしまうと、再スタートは結構骨が折れる。前輪が容易にウィリーしてしまうのだ。だから登坂中はお尻に気を配ってしっかり後輪に荷重。

下り坂は前回足柄峠に行った時に比べれば、少し上手に下れるようになった。けど、さらに経験と慣れが必要だ。

今回初めてSPDで山に来た訳だけど、効果はとても大きいと実感した。通常のペダルだと左右の足でグイッ、グイッと交互に踏む感じだけど、SPDペダルだと円運動のイメージになり、左右の脚に力を入れ続ける事ができる。エンジンで言えば、二気筒が四気筒、六気筒になった感じで、ペダリングが格段にスムーズになる。こうしたペダリング上のメリットは上り坂で大きな効果を発揮する。他方、下り坂でもSPDにより足がしっかりペダルに固定されてブレず、フォームが安定するという効果がある。

そこここにまだ雪が残る逗子の山中を進み、二子山の山頂に到達した。途中、沢山のハイカーやMTBライダーに出会った。

山頂でしばらく休憩した後、山道を下って行った。途中、道が塞がっていて、迂回のために川を走った。

基本的に水深はとても浅いのだが、川底が大きめの石ころでゴツゴツしていて、しばしばハンドルを取られ、水面に顔を出している石の上に足をつくことになった。足が濡れなかったのは奇跡かも。

山道に戻って、ふもとの里を目指した。ところどころに丸太でできた休憩用ベンチがあった。

途中、どういうわけか何箇所も杉の木が道を横断する格好で倒れていて、潜ったり、バイクを担いで乗り越えたりしなければならなかった。ちょっと段取りが悪くて弁当を持って来なかったため、昼飯を食べておらず、空腹だった。筋肉疲労が溜まってきて、普段なんでもない動作もつらい。

そうこう走っているうちに葉山町長柄というところに出た。もう4時近い。舗装路を走り、トンネルを抜けて逗子の町に戻り、蕎麦屋に入った。あ~人心地がついた^^ ということで、その後、逗子のスポーツ・バイク・ショップを見物して、第一運動公園に戻った。

MTBといっしょに山に入るとちょっとした冒険気分を味わえる。子供時代、山歩きが大好きだったのだが、当時の気分が蘇るようだ。これは病みつきになるかも。

2006年01月28日

BINSPARK

以前からよくライブを聴きに行っていたNEUKがしばらくライブ活動休止するとの事。今後しばらくはメンバーそれぞれ他のミュージシャンとセッションをやって行こう、ということらしい。で、その第一弾で、NEUKのリーダーでギタリストの井ノ上孝浩とDJ JET SONICのジャム・セッションを西荻窪BINSPARKでやるというので、聴きに行った。うん、一味違って、これもかっこいい。アンビエントぽい、て表現でいいのかな。

この夜のBINSPARKは他に3ユニット出てたんだけど、ZAZOUっていうバンドが良かった。割とオーソドックスなジャズで刺激的だが同時にこなれた感じ。大きな口を開けてアクビを連発してたピアノの女の子が、演奏始まると目を瞑ってまるで点字を拾うような手つきでキーをたたいてリリカルなメロディーを奏でていた。

2006年01月27日

モーツァルト生誕250周年

・・・だそうです。

久しぶりにモーツァルト聴くか・・・
ガサゴソ(CDラックをあさる音)・・・
交響曲集・・・う~ん、あまり賑やかなのは勘弁。
レクイエム・・・はちょっと暗すぎ。
・・・ということでこれ↓
kv570kv576gulda.jpg
ピアノ・ソナタ 第17番 ニ長調 K.576
幻想曲 ハ短調 K.475
ピアノ・ソナタ 第16番 変ロ長調 K.570
演奏 フリードリヒ・グルダ

いいな、これ。和む。

ちょっとWikipediaのグルダのエントリーを覗いてみる。
ん?奥さんは日本人?それは知らなかった。
祐子グルダ
ジャズ・ピアニストだったのか。フリードリヒ・グルダもジャズに傾倒してたらしいけど、奥さんの影響?

2006年01月24日

買収?

Yahoo!ニュース: ライブドア一転、買収の標的に?資産だけでも魅力的

マジっすか?今後ラ社やその取締役が民事上の責任を問われていく可能性はないの?その場合、現在のB/Sを基に単純にソロバン弾いても意味無いと思うんだが、どうだろ?

それはそうと、現行の値幅制限制度は問題ありだな。こうストップが続くと、単なるマーケットの機能停止にしか見えない。一定期間連続値幅制限をヒットしたら、制限無しで板寄せを行う、とかそんな風にすればいいんじゃないだろうか。

2006年01月22日

担保掛目

ライブドア騒動、今週はどんな展開になるだろうか。興味津津である(という言い方はちょっと不謹慎かな)。

先週の展開でひとつ気になったのは、マネックス証券によるライブドアおよび関連銘柄の担保掛目引下げに対する世間の反応である。ライブドア株は事件後ビッドがほとんど立たない状態で連日ストップ安であった。つまり、本当の市場価値がいくらなのかわからず、売りたくても売れない状態が続いたのである。こうした状況の中、名目だけの株価に基づいて問題の株を担保評価することには、(すくなくとも局所的には)なんの経済合理性も無い。マネックス証券の対応は、しごくまっとうな経営判断だったと考える。(もっとも、掛目をゼロにされたところで、手仕舞いたくても手仕舞えない人が大勢いたのでは無いかと思うけど)

与謝野経済財政・金融担当相まで出てきてマネックス証券の対応に対して批判的なコメントを行ったのだが、信用取引をしている顧客が吹き飛んでアシ出まくりでデフォって証券会社に損失が出た場合(今週はこうした事態が表面化してくるのではないかと予想してみる)、政府が補償してくれるのかと小一時間。ここは大ちゃんガンガレと応援したい。

一方で、今後投資家が、「正しい」判断をしてしまったマネックス証券を利用するのを敬遠する、という行動も投資家の立場からすれば合理性があるかもしれないので、将来の手数料収入まで勘案すると果たして本当に「正しい」判断だったのか、難しい問題である。ああ、話がややこしくなってしまった。とりあえずこの辺で。

2006年01月19日

コニカミノルタ、カメラ・フォト事業撤退

この前、ニコンのフィルム・カメラ事業大幅縮小に驚いたばかりだけど、今度はこんなニュースが。

カメラ事業、フォト事業の終了と今後の計画について

αシリーズはデジタルに絞ってソニーに。伝統のコニカ・フィルムは終了。

ソニー製α用レンズはソニー・ロッコール?それともツァイス?
それから、ちょっとマイナー・ネタだけど、ソニー・フォトプレミオってのができるのかしらん?^^

今回の事件は「IT関連企業」って呼び名を見直すいい機会だろ

IT関連企業てのはインテル、マイクロソフト、アップル・コンピューター、オラクル、サン・マイクロシステムズ、グーグルとか、そういう会社のことだろ?
例の会社の場合、「IT関連企業」って呼び名自体が一般大衆の夢に寄生した「錬金術」の片棒かついでたことになるんじゃないかな?全然ITと関係ないし。ただの強欲性人格障害者集団。

2006年01月18日

初めてのSPD

keiさんの使ってたSPDビンディングシステムがうらやましかったので、買ってみた。ペダルはSHIMANO PD-M520。シューズはアディダスのオフロード用。クリートをシューズに取付け、ペダルを交換して、バイクにまたがり嵌めてみる。ガチャ。カカトを外側にひねるとコキっという感じであっさりと外れた。次に右足のみクリートを嵌めた状態でおっかなびっくり走り始めた。走行中に左足もはめるのに手探りというか足探りでちょっとてこずったが、やがてガチャ。それでしばらく走ってみる。で、停まる時はコキっと外す。おー、いいじゃん。クリートの位置もしょっぱなにしては結構いい感じで決まっている。
spdadidas.jpg

2006年01月12日

フィルム・カメラ、絶滅寸前

BCNランキング: ニコン、F6とFM10を残しフィルムカメラから事実上の撤退、デジカメに注力

 ニコン(刈谷道郎社長)は1月11日、フィルムカメラ事業を大幅に縮小すると発表した。フィルムカメラ本体、マニュアルフォーカス交換レンズ、アクセサリー類の一部製品を除き生産を中止し、在庫がなくなり次第販売を終了する。フィルムカメラの需要が縮小する一方、拡大するデジタルカメラ市場で「市場の見通しに沿った経営判断」(ニコン広報部)として、デジタルカメラ事業に経営資源を集中する。

 フィルムカメラ事業で生産を継続するのは、同社のフラッグシップモデル「F6」と入門機マニュアル一眼レフカメラ「FM10」の2機種のみ。マニュアル交換レンズも「AI ニッコール 20mm F2.8S」「AI ニッコール 24mm F2.8S」「AI ニッコール 28mm F2.8S」「AI ニッコール 35mm F1.4S」「AI ニッコール 50mm F1.2S」「AI ニッコール 50mm F1.4S」「AI マイクロニッコール 55mm F2.8S」「AI マイクロニッコール 105mm F2.8S」「PC マイクロニッコール 85mm F2.8D」の9種類を除き生産を中止する。大判カメラ用レンズ、引伸し用レンズも生産を終了する。

 同社のフィルム一眼レフの販売台数は01年3月期は108万台だったが、05年3月には24万台、06年3月期は14万台まで落ち込む見通し。一方、デジタル一眼レフカメラは03年3月期の15万台から05年3月期には105万台と大幅に拡大している。

このニュース、メッセンジャーで友人Yが教えてくれた。その後、彼は「ニコンのデジタル一眼買ってくる」と言い残して外出して行ったのであった( ´∀`)

ついにあのニコンが・・・という感じだなー。ニコンといえば、見方によってはキャノン以上に日本を代表するカメラ・メーカーだ。FMを残すっていうのが何ともニコンらしいというか、義理がたいというか。

この前旅行に行った時、バルセロナのサグラダ・ファミリアとかメジャーな観光地にも行ったんだけど、観光客が持ってるのはほとんどデジカメで、フィルム・カメラ持ってる人なんてほとんど見なかったもんな。日本人ほど新技術に飛びつくとは思えないヨーロッパ人でこれ。世の中で必要とされるフィルム・カメラの総数はどんどん減少していくものと思われる。一方で、しっかり作られたフィルム・カメラの寿命はとても長く、特にマニュアル・フォーカスのカメラなんて一生モンで使えると思われるし(交換部品が存在する事は前提になるけれども)、今さら陳腐化もほぼ無いし、中古カメラの流通は昔から結構しっかりしてるし、今はネット・オークションもあるし、あれやこれやで、メーカーが世の中に対して新品のフィルム・カメラを供給する必要性はもうほとんど無いんだろうね。

フィルムからデジタルへの急激なシフトが起きているのは当然といえば当然。今さらながらデジタル写真のアドバンテージを考えてみると、フィルム不要、現像不要、メモリー・カードは何度でも再利用可能でランニング・コストが低い。撮影後すぐに画像が確認できるし、ヒストグラムで露出の当たり具合も一目瞭然で大失敗が無い。ひとコマごとに感度も色温度設定も変えれる。フィルムで地光で夜間・室内の写真撮ろうと思ったらそれはもう大騒ぎだけど、デジタルなら実に簡単。

画質に関していうと、昔のデジタル写真はかなり厳しいものがあったけど、今は追いついたというか、逆転したと言ってもいいかもしれない。解像度に関しては、フィルムの画像はランダムに散らばった粒子の集合でデジタル画像は格子状に配列されたピクセルの集合なので、単純な比較は難しいのだけど、まあ腰だめの数字としては5メガ~8メガ・ピクセルくらいでデジタル画像と35mmフィルム画像が均衡するんじゃないだろうか。これくらいの解像度は今やロー・エンドのコンパクト・デジカメの数字である。高級機は10メガ・ピクセルを超えるものが目白押し。ラティテュードに関してはJPEG記録だとかなり狭くて、フィルムで言えばポジに近い感じだけど、その場で当たりを確認できることで補えるし、RAWで撮る手もある。

デジカメが長い事フィルムの後塵を拝していた項目は、カメラの起動時間とかシャッターのタイムラグとか連写性能とか。この辺はまだ問題無しとも言えない部分があるけど、ここ数年でかなりの進歩があった。

もっとソフトな話で、人々と写真の「つき合い」みたいなことを考えてみると、一般的にはデジカメの普及で「つき合い」の質は大幅に向上したとおれは考える。銀塩写真とちゃんと「つき合う」には暗室技術を習得したり、ラボマンと馴染みになったり、それはもう大変である。極々普通の人はラボ任せでサービス版プリントを作ってアルバムに収めてそれでおしまいだった。デジタル写真の普及でフォトショップ等のソフトで画像とニラメッコし、インクジェット・プリンターで納得行くまでプリントを繰返したり、あるいは写真をサーバーにアップしてネット経由で友人・知人と共有したり、不特定多数の人に見せたりといったことが一般的になった。

2006年01月09日

東京に帰って来ました

時差きつ~

南フランスのラングドック、ルシヨン、それからスペインのバルセロナ方面をひたすらクルマで走り回って、飲みまくって、食いまくった旅だった。旅行記はおいおいバックデートでアップして行きたいと思います。

今はほとんど使ってないけど、しがらみで残してるSo-netのメール・サーバーの調子がまたおかしい。ていうか、年末からおかしかったのがまだ直ってない。いい加減にせーよ(怒

2006年01月02日

ペルピニャンに到着

AF277便で早朝5時前にシャルル・ド・ゴール空港に到着。荷物をピックアップしてエール・フランス運行の空港バスの待合室に向かう。しばらく時間を潰して、6時の始発に乗り、オルリー空港へ。ここで今度は国内便AF7522に乗ってペルピニャンに飛ぶ。ペルピニャンに到着したのは10時ちょっと前だった。

ペルピニャンは地中海とスペイン国境に面したラングドック・ルシヨン地方の都市だ。

空港で、予約しておいたプジョー206を借り、今回のメインの宿泊先である友人宅に向かう。この友人はフランス人なのだが、普段は東京で仕事をしていて、夏や冬の休みはペルピニャンの家で過ごす。東京の家は何度も行った事があるが、ペルピニャンの家を訪れるのは今回が初めてである。住所を頼りに近所まで行き、携帯電話をかけて誘導してもらった。着いてみると驚きの大邸宅(◎□◎;)門扉はリモコン開閉だし。

この地方はフレンチ・カタロニアとも呼ばれていて、こういったスペイン風の住宅が多い。しかし、彼の家は日本趣味を取り入れて内装をリノベーションしてある。一番日本趣味が顕著なのが、裏庭に建てられたスパ。

pic 064-.jpg

なんと竹組みの柵(*⌒▽⌒)

この日の残りはペルピニャン市内をちょっと見物したり、近所のショッピング・センターで買い物したりして過ごした。

2006年01月01日

謹賀新年

今年もよろしく。

今夜9時成田発のエール・フランス277便でフランスに飛ぶんだけど、まだ全然支度してないよ。これからがんばって荷造りします。